ロバート・ダウニー・Jr

アイアンマンシリーズにおいて主人公トニー・スタークを熱演。それまで日本での知名度が低かったせいか、日本プレミアで来日の際に空港で止められ来日出来なかった逸話がある他、麻薬中毒者としての印象が非常に強いものの現在は克服し、主に個性派演技派俳優として精力的に活動を行っている。

彼のおいたち

5歳の時に、映画に初出演。作品は「Pound」(1970年)で監督は父親ダウニー・Sr監督。その後も父親が監督する映画に数本子役として出演した。

サンタモニカ高校を17歳で中退し本格的に俳優の道を進み始め「ベイビー・イッツ・ユー」(1983年)に出演。『サタデー・ナイト・ライブ』などにも出演し、初主演映画である「ピックアップ・アーティスト」で話題を博した。また『レス・ザン・ゼロ』においてはドラッグ中毒の若者役を演じ注目を集め、ブラット・パックの一員として取り上げられるようになった。

英国アカデミー賞 主演男優賞を映画『チャーリー』(1992)において受賞。喜劇王チャーリー・チャップリンを見事に演じ、アカデミー主演男優賞の候補ともなった。ゴールデングローブ賞助演男優賞をテレビシリーズ『アリー my Love』(2000)ミニシリーズ/テレビ映画部門を受賞。また映画『シャーロック・ホームズ』のシャーロック・ホームズ役で、日本国内での知名度を上げると共に、ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞した。

配偶者であるスーザン・ダウニーと独立プロダクション「チーム・ダウニー」を2010年6月に設立し、ダウニー自身がプロデュースを手掛ける予定のプロジェクトが現在も複数進行中である。

また監督デビューのため、良い脚本を吟味している模様である。俳優としてのキャリアも絶好調で、現在ハリウッドで最も引く手あまたな役者の一人である。

幼少時に独習したというピアノの腕前や歌唱力もあり、作詞作曲も自らこなす。シンガーソングライターとしては、2004年にスタジオアルバム『ザ・フューチャリスト』を発表した。影響を受けたとしてハリー・ニルソン、U2、スティーリー・ダン、ザ・ポリスなどを挙げている。

ダウニーJrと薬物問題

八歳当時からすでにマリファナを父親から与えられ常用していたなど、ドラックの問題を子供の頃から抱えており、6回も薬物問題で逮捕されている。麻薬不法所持により1996年の4月に初めて逮捕され、カリフォルニア州立刑務所へ1年間入所する。裁判の際に、薬物に耽溺する自身の感覚を「口の中に入れた散弾銃の引き金に指をかけ、ガンメタルの味を楽しんでいるよう」だなどと表現したり、また拘置所から撮影所へ通っていたなどという逸話が残っている。

仮出所後にゲスト出演した『アリーmyラブ』第4シーズン(2000年 - 2001年)のラリー役では、ゴールデングローブ賞を受賞、またエミー賞にノミネートされるなど高い評価を得たものの、番組全米放送中の2001年4月にコカイン所持で再逮捕。3年間の保護観察処分となる。同時に1年間のリハビリ施設収容を命じられ、番組を途中降板した。再逮捕のニュースに、アリー役のキャリスタ・フロックハートはショックを受け倒れたという。なおダウニー本人は後年、『アリーmyラブ』出演当時の自分は最低な状況にあったと述懐し、賞賛は過大評価であるとしている。1996年から2001年にかけ薬物依存の克服に苦しんだが、2002年にクリーンと認められ保護観察処分を終えた。それでも完全に薬物を断つことはできずにいたが、2003年に「きっぱりと止める時がきた」と直感。所持していた麻薬を全て海に投げ捨て、それ以後ドラッグには手を出していないとのことである。同年、旧友メル・ギブソンの助力を得て銀幕に復帰する。

『アイアンマン』のプロモーション

麻薬中毒者として、マーベルコミックスからは難色を示された過去があったものの演技者としての評価は幾度逮捕されても揺るがず、オファーが途絶えたことはない。癖のある助演やメソッドを用いた手法ででメインストリームに復帰し、主要な個性派俳優としての地位を不動のものとした。『アイアンマン』(2008年公開)においては「彼の波瀾万丈のキャリアがキャラクターに深みを与える」として他の俳優をオーディションで蹴散らし、ジョン・ファヴロー監督から、主人公のトニー・スターク役に抜擢される。制作スタジオ側はやはり、薬物問題を心配していたもののメソッド式、オーディションの他の役者たちの中にふさわしいものはいなかった。その見事な役作りは、批評家やキャスティングに物議を醸していた原作ファンからも絶賛をもって迎えられることとなる。本作は米興収3億ドルを叩き出すメガヒット作品となり、彼自身のキャリアを代表する当たり役になった。また2008年公開の『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』においては、「役作りのために整形手術で黒人になってしまうオーストラリア人のメソッド俳優」という複雑かつ難解な役どころで完璧な黒人訛りを器用に使い分け、あまりの芸達者ぶりに喝采された。その演技はアカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞の助演男優賞並びに、各映画賞にノミネートされ、各国で高い評価を集めている。この2作品の当たりによって彼自身は役者として復活したと言っていいだろう。

復活後

2008年、米《タイム》誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出され、また《エンターテイメント・ウィークリー》誌のエンターテイナー・オブ・ザ・イヤーにも選ばれる。

2009年12月にグローマンズ・チャイニーズ・シアター前に手形と足形を刻んだ。

2010年より、米プランターズ社のシンボルキャラクターであるミスター・ピーナッツの吹き替えを担当。CMでは歌声も披露している

2012年に『フォーブス』誌が発表した「今年最も稼いだ映画俳優」において第1位に輝いた。世界興行収入15億ドル(約1265億円)を記録した『アベンジャーズ』を「ロバートの魅力とユーモアが映画を成功へと導いた」と解説している。

なお『アベンジャーズ』のギャラは5000万ドル(約50億円)である。

2013年に『Vulture』誌が発表した「最も価値ある映画スター」ランキングで第1位に選出されV2を達成した。

同誌はダウニーを「The King(帝王)」と称えている。

2014年に『フォーブス』誌が発表した「今年最も稼いだ映画俳優」において第1位に輝き、2年連続の首位を獲得した。なお推定7500万ドル(約76億円)の収入のほとんどが「アイアンマン3」によるものだという。

1980年代にサラ・ジェシカ・パーカーとニューヨークで7年間同棲していた。破局の原因は、自らの薬物及びアルコール依存にあるとダウニー自身は語っている。また1980年代後期にマリサ・トメイとつきあっていた時期がある。

『1969』(1988年)で共演したキーファー・サザーランドとはルームメイトだった。近年サザーランドが『ジミー・キンメル・ライブ!』において、「1980年代にロサンゼルスで3年間同居していた」と明かしている。

1992年5月にモデルのデボラ・ファルコナーと結婚、1993年9月に長男インディオ・ファルコナーが誕生する。しかし1996年に別居を始め、2004年4月26日に正式に離婚した。

2003年に映画プロデューサーのスーザン・レヴィンと婚約、2005年8月27日に結婚。

2012年2月7日に、スーザンとの第1子となる男児が誕生。エクストン・エリアス・ダウニーと名付けられた。

2014年6月29日に、長男インディオがコカイン所持により逮捕。ダウニーは「残念ながら薬物依存には遺伝的要素があり、息子はそれを受け継いだのだろう。家族みんなで結束し、彼をサポートする覚悟を決めている」と声明を発表した。

2014年9月22日に、母エルシー・フォードが死去。彼女からの1本の電話が、薬物問題から抜け出すきっかけになったことを明かした。自身のFacebookにおいて「母親のいる人は自分の母親が完璧な人でなくても、電話してあげて。そしてそれでも愛していると伝えてほしい。」と記している。

2014年11月4日に、スーザンとの第2子となる女児が誕生。アブリ・ロエル・ダウニーと名付けられた。